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株式会社 九鏡

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鏡四方山話01甲子話

「かがみ」とは

日照の耀き
随書、倭國傳「日出処天子、致書日没処天子、無恙・・・」

なぜ「鏡・かがみ」なのか、「訓読み・かがみ」は古語によれば、”「日神即ち天照」の「赫き(耀き)・かがやき」を「見る」”、つまり「かがやきをみる」あるいは「かがやけるをみる」が「かがみ」へと移行したようですが、イメージ的には古代鏡はすべて円形から成り立っており、いまだに「御神鏡」は円形以外は考えられないところをみれば、多分そうだろうと想像されますが、それ以前の大陸からはじめて渡来したころはなんと称していたのかちと気になるところではあります。

わが国の古代鏡の代表「三角縁神獣鏡」の一部の銘文(裏面)に「鏡」に「竟」を当てていることからすると、「境」と「鏡」は本来同じ意味から生じているとも考えられるようで、この世から他界(天界あるいは神界)へのアクセスポイントのひとつとして貴重なツールとして利用されていたことも充分考えられるようです(他説もありますが)。

因みに、「竟」には、「きわまり」、「おわり」、「さかい」などの意味があるようです。

「鉄鏡」より「銅鏡」のほうが錆びにくいのは当然ですが、「鏡」には銅を使い「剣」には鉄を使う(とは言っても、年代・状況によっては「銅剣」も「鉄鏡」もあるようで・・・)という智恵には感心するところです。

大陸から伝来した「銅鏡」が、日本で多数模写(複製)された理由は、「鏡」がいかに権力者の権威の象徴であったかということでしょう。「余は、汝らに「竟(鏡)」を授ける」ということでしょうか。

ただ、すこし気になるのは「鉄」(砂鉄)を産出する場所(「多田羅」:地名)のはなしは、古代史的にはままあるのですが、「銅」についてはよくわからないのは、武力(による統一)の実体と象徴が「鉄」であったのに比べて、「宗教的」にあるいは「カリスマ的」に銅製の「鏡」を利用してある種の「エキゾチシズム」を強調したことも考えられます。「だれでも勝手に造ってはダメよ」ということではないでしょうか。

鉄製の「剣」もおなじこととは思いますが、「剣」の場合は秘密裏に大量に作って、結果、武力で他を征することになれば「勝てば官軍(こっちのもの)」公式が幅を利かすということになるでしょうけど。この種の「鏡」は本来(「渡来」も含めて)「伝承」されることに大きな意義があったようで、この考え方は今の日本人の中にある「本家」とか「元祖」とか「老舗」とかにこだわる様式に影響しているように思えます。

とはいっても洋の東西、「伝統」に拘るのは同じですが。

02乙丑話「曇らん鏡」02乙丑話「曇らん鏡」